彼がサツマイモを嫌いな理由

こんにちは、つばさです。

20代の頃働いていたとある会計事務所の所長は その頃既に かなりのご高齢で あれから20年以上経ち もうすでに鬼籍に入られていることと思うが どうしても忘れられない強烈なエピソードがある。

先日 『凍りの掌』という漫画が生まれるいきさつを描いたドラマを見ていて ふとそのことを思い出した。

-40℃を下回る屋外で 素手で金属などに触れると 掌の皮膚の表皮がペロリと剥けてしまうことが作品のモチーフになっていて シベリア抑留を扱っている。

先生(当時 私は彼をそう呼んでいた)は シベリア抑留の経験者で サツマイモが大嫌いになってしまったのだという。

シベリア抑留についての私の知識は乏しく 検索等に頼るしかないが 第二次世界大戦の終戦後 極寒のシベリアで 想像を絶する飢えや寒さと闘いながら 強制労働に従事させられたおびただしい数の日本人捕虜がいた事実 そして その飢えと寒さの象徴が 先生にとっては そこで食事として出された「サツマイモ」だったのではないだろうか。

以下 Wikipediaより引用

シベリア抑留は、第二次世界大戦の終戦後、武装解除され投降した日本軍捕虜らが、ソビエト連邦によって主にシベリアなどへ労働力として移送隔離され、長期にわたる抑留生活と奴隷的強制労働により多数の人的被害を生じたことに対する、日本側の呼称である。ソ連によって戦後に抑留された日本人は約57万5千人に上る。

Wikipediaより抜粋 引用

そんなことを思いながら ふと 懐かしい先生の顔がうかんだ。

先生が シベリア抑留の話をされるたびに 先生の息子さんが「もう そん話はよかが。何回聞かされたかわからん」と煙たがっておられたのも懐かしい思い出。

お金さえ出せば 食べられないものはない飽食の時代に 真剣な顔でサツマイモの嫌いな理由を話されていた先生の声を もう聴けないのかと思うと少しさびしかった。