清正の桜と栗の物語

加藤清正と熊本城

秀吉から 九州は肥後の地を賜った清正は大変信仰心の厚い武将でした。熊本に居を定めると、多くの寺を建立しました。

その際、寺の表門の前には沢山の桜の木を植え、並木にしました。

そして、裏門には栗の木を植え、やはり並木にしたのでした。


ある時 その植え方を不思議に思った人が尋ねました。

「殿様 殿様 殿様はどうして 寺の表には桜 裏には栗を植えられたのですか?」

すると 清正はこう答えました。

「寺に参詣した者は、美しい桜を愛でて楽しむであろう。それによりて、その者の心根が豊かになる」

まあ 妥当な答えですね。

しかし栗を並木にする理由は、わからなかったそうです。

それに対して清正は、答えます。

「ひとたび何か起こりしときは、この城への籠城もありうる。栗は そのときの兵糧になる。また、枝や幹は薪にもなる。


清正は、更に続けました。

「こうした表と裏の使い分けは、人間の心がけにも通じ

るものじゃ」

同様に 城内に銀杏の木を植え その金色の美しさを愛で また 銀杏は収穫し非常時に備えました。

畳には、里芋の茎を使ったそうです。ほどいて食用にするためです。食べるためです。

熊本城の壮麗さに勝るとも劣らない 究極のロマンチストであり リアリストですね。

3月23日の「お城総選挙」では4位に⁉

去る3月23日にテレビ朝日で放送された「お城総選挙」では 並みいる強豪を押さえて 堂々の4位に。(ちなみに 1位は姫路城 2位は大阪城 3位は松本城でした)

3年前の熊本地震による被害の痕も生々しく 地下の清正公も嘆き悲しんでおられるかもしれません。1日でも早い修復と復元が待たれますね。

熊本城と西南戦争

明治10年ごろの熊本城と言えば 熊本鎮台がおかれていました。西南戦争が起こり 西郷隆盛率いる薩軍と守る鎮台兵との激しい攻防戦となります。

鎮台を任されていた谷干城はこれをよく守り 西郷隆盛をもってしても落とせなかった難攻不落の城であることが証明されたといえるでしょう。

まとめ

3月22日の 「Words Of Wisdom-ときめく、言葉-」は 加藤清正の桜と栗に関する名言でした。

往く春の桜を惜しみ栗を食む(はむ)