種田山頭火 自由律俳句の息吹を訪ねて㏌志布志

自由律俳句とは

こんにちは。つばさです。爽やかな風に誘われてどこかへ出かけたくなる季節になりました。

志布志市は 鹿児島県と宮崎県の間に位置する街です。

最近では 志布志城が脚光を浴びて 結構有名になりましたが 実は志布志で有名なものはお城だけではないのです。

自由律俳句で有名な俳人 種田山頭火の句碑が 市内のあちらこちらに点在しているのです。

自由律俳句とは ひらたくいえば 季語や 五七五といったような俳句を作る決まりをとっぱらっちゃって 何でもありだよ ってことです。

いやあ 自由ですねえ。

そう。自由ゆえに 言葉のセンスが際立つというか 一歩間違えれば 子どものお遊びみたくなっちゃうのです。

代表作 分け入っても分け入っても青い山 や まっすぐな道でさみしい など 平易なこれだけの短い言葉で ちょっと泣きたくなるような 胸が締め付けられるような切なさを表現するって とても簡単なようで 実はとても難しい作業だと思います。

山頭火の句ってSNS向き⁈

もしも 山頭火が生きた時代に TwitterやInstagramが存在したら フォロワーの数は相当なものだったのではないでしょうか。

あちこちを旅しながら その時その時の心情を吐露する山頭火の句は SNSと親和性が高いように思います。  

母親の自死と行乞(ぎょうこつ)と

ネットで山頭火の生い立ちについて調べていると どの記事にも母親の死に関する記述がみられます。

山頭火が10歳のとき 母親フサが 夫 武治郎 (山頭火の父親)の女性問題を苦に井戸へ身を投げ、、、云々。

山頭火のナイーブさというか 感受性の強さはきっと このフサ譲りなのかもしれません。

フサは 夫の女性問題を苦にして死を選ぶような 繊細な心の持ち主の女性だったのでしょう

母親みずからが目の前で命を絶つ という 振り払っても振り払っても消えない哀しみと 10歳で母親を喪ったことによるアイデンティティーの不在が 山頭火の俳句に影響を与えているように思えてなりません。

行乞とは もじどおり 乞食を行うこと。「乞食」。最近では 滅多に見かけない言葉ですが 現代風に表現すれば 路上生活者に近いニュアンスでしょうか。

幼い時に 母を喪った哀しみ 実際に経験していないので 想像するしかありませんが 生涯消えることはなかったでしょう。

種田山頭火と教科書での取り扱い

学生時代は 国語が大好きだったので 国語の教科書にも満遍なく目を通したと思うのですが 山頭火の作品を読んだ記憶がありません。

種田山頭火の結婚と子供

影絵の表紙が印象的な絵本「うしろすがたのしぐれてゆくか」のあとがきによると どうも山頭火という人は一度結婚しているようです。

子供も授かったようですが 放蕩を繰り返した挙句 奥さんのお兄さんという人から 離婚届を送り付けられたようで こんにち 私たちが山頭火の作品として目にする俳句の数々は この離婚を経てからの放浪中に作られたもののようです。